映像祭を振り返る①

2018/12/25

クリスマス直前、12/22(土)に行われた「つくるのいえインディペンデント映像祭」。
年末にも関わらず、当日は予想を上回る沢山の方々にご来場いただきました。足を運んで下さった方、興味を持っていただいた方、ありがとうございました!

これからの時代を羽ばたく若きアーティストたち、そして我らがアイドル中野さんを交えて行われた映像とトークの祭典。

ざっくりとですが振り返りたいと思います。
どうぞ、ご入場ください。

八王子の二大巨頭”風”の、向かって左が中野さん(肌着屋)、右が奥田さん(染色家)です。なぜ会場入り口がこの様になったかに関しては長くなりますので、つくるのいえfacebookの過去の記事をご覧下さい。
忘れてはなりませんが、主役は映像表現の道を歩む大学生。

冒頭に、視覚文化評論家の塚田さんよりお話がありました。
そもそもアニメとは。映像表現とは。商業的/非商業的な表現のありかたなど。
プレゼンやセミナーとも違う講義的なそれは、社会人になって以来久々に味わう感覚でした。

そして上映スタート。
1.渭原百藻「どうかお達者で」

画力。セリフが多くてテンポが早い。映像においてかれそうになるのをしがみついて観る感じでした。一瞬しか映らない言葉の部分をびっくりするくらい丁寧に描かれていたりして、あって思ったら過ぎてるのに、見終わったら脳裏に焼き付いてるみたいな不思議な作品でした。

2.油原和記「MOWB」

印象的な色と動きにVRの360°視界が足されて、非現実な図なのに臨場感がすごい。画像左の影は油原さん本人です。彼がその場で行うカメラワークによって映し出された世界を観客の私たちは観ました。ストーリーには母親の神秘性と人間的な感情がないまぜになった様な部分が描かれていました。音声もすばらしかった、、。

3.Hazuki C_C「Vinyl Venus」

ポップなのにチクリと痛い、そんな印象を受けました。どこかイエローサブマリン的でもあり。実写になったりアニメになったり、画面に画面が閉じ込められていたり。塚田さんの解説によると、フィルムの時代には画面巾の異なる映像がいくつも納められたこのような表現はできなかったそうです。

4.渡邉洵「太陽の子供たち」「盲目の人」連作

彼の作品でも実写とアニメーションの世界を行ったり来たりします。対象が同じなのに不一致な印象のものが重なり合っている様な違和感が楽しい、、。画像のダンスで私が思い出したのはサカナクションでしたが、塚田さんが解説で例に出していたThe Chemical Brothersも最高にクールです。

5.横瀬愛「ドアを開けても見えないけど、隣の部屋にいる音はする」

この作品は、本来ブラウン管のテレビで上映することを想定したものです。現代社会に生きていて、実写の映像(や画像)をリアリティを持って見ることに慣れている自分は、古い写真を見た時に似た曖昧さからくる恐怖みたいなものを感じました。コミカルなのに何かこわい馬男。

余談になりますが、開始前の客席を覗くと、馬男さんもご来場くださっていました。

原始/古典的なものから最先端の技術まで幅広く選べる現代において、頭の中で構築した世界を自分がどの媒体を通して人に見せるのか適切に選ぶだけでも大変だし、それを再現する技術を伴うことは才能と努力によるものです、本当に。研究者が研究し続けることも、アーティストがアートし続けることも決して簡単ではないけれど、観客席にいる人間は続きや新作を期待してしまうものだなぁと思いました。


上映された作品の一部をYouTubeでご覧いただけます。
また、3月には多摩美術大学の卒業展示で発表されるそうです。

>>渭原百藻「桜色のバベル/ここに前世は立証された

>>渡邉洵「太陽の子供たち

>>KIYU「あrオオクボ