綿の木の話

2019/10/17

それはもう何年もさかのぼって、中学時代の話です。

英語の教科書にある文章は単純に読み物として面白く、勉強なんかロクにしないで、話の筋に気を取られていた覚えがあります。
その中には、綿花を摘む少女のお話がありました。外国の広大な農地で年端もいかぬ女の子が綿の畑で働き、柔らかい手指をケガしながら綿(ワタ)を摘むのだと。

当時の私は綿という素材や製糸に特段の興味は無く、「貧富の格差や、少年少女の労働、それは良くない。日本は、私は、恵まれていたのか!」といった感想を持ちました。実際それは、子どもの労働が許されている(許されていた)社会へ問題提起する文章だったのかもしれません。

つくるのいえ綿栽培ー発芽ー6月

時は過ぎ去り、いつの間にかテキスタイル大好きな大人となって、繊維のイロハを各産地の方々に教えていただく機会が増えました。
昨年365cotton さんへお伺いし、のちに頂戴した種で綿の木を育てることも小さく始めました。つくるのいえの庭の一部をババッと耕し景観的に賛否両論あったけれど次第に見慣れてきて、あと二月程で収穫かと思われます。

つくるのいえ綿栽培ー成長ー8月

しばらくの間、中学時代に読んだ文章やその時感じたことなどすっかり忘れほうけていたけれど、どういうわけか記憶の淵からツツツと上がってきて最近ふと思い出したのでした。
綿の木ってこんな背丈になるんだ、とか、綿を摘むのはこんな感触か、など、若干の現実味を帯びて、当時読んだ綿花を摘む少女のイメージが浮かんできます。

ふと市場を見渡せば、オーガニックコットンTシャツ千円なんて、ざらにある。
正直、安いものにはカラクリがあると思うのが私の意見。食べ物でも何でもそう。機械を使って効率化を図ったり、人件費を低く抑える工夫をしていたり。
それが胸を張って公表できる内容であれば、とっておきの宣伝なので見せていったほうが良い。(ストーリーのあるものづくりは気持ちがいいもの!)だけど逆に、なるべく見えないほうが良いストーリーは消費者に届くはずも無く、私達の大半はそのブラックボックスをつつくこともなく、千円のTシャツがセールでもっと安くなるのを待ってから財布を開くことを続けてきました。

つくるのいえ綿栽培ー開花ー9月

こうやって今、環境への意識というものを日常的に肌で感じる世の中になってきてようやく、私みたいな恥ずかしい大人も大量生産・消費の弊害みたいなものへ目を向けるようになってきて、過渡期なんだなぁと他人事みたいな感想をもち、そんな自分はまだまだだなあと更に思ったり。

ただ、すべての仕組みを知って「正しさ」だけの生活はできないかもしれないけれど、少しの体験でもそれに紐づいた様々な意識の転換のきっかけになるものだなぁと感じました。それにしても、黄色く咲いて紅色に終わる綿の花は、なんとも不思議でかわいらしく、この夏、ずいぶん心を癒してくれました。おすすめです。